“The difference in how to feel.”




感じ方の、違い。






















wind
(First part)






















年が明けても空の暗さは変わらなかった。時計は4時56分を示す。


ゾロはブラインドの間から、墨を雲に溶かしたような色の空を覗いた。




今年は新年を職場で迎えていた。




音を立てて椅子ごと背中を反らす。一晩中部屋に篭り通しで、息が詰まる思いである。

再び視線をデスクに移し、細かいカルテの文字を目で追う。

目には入りながらも、頭の中は素通りしていくようで、この薄い紙からはちっとも情報が

伝わってこなかった。


(疲れてる所為か――。)


再び身体を椅子の背もたれに預けて、目頭を右手で包み込んだ。








・・・・・・・








ドアに目をやる。今確かにノックが聞こえた。



「・・・どうぞ。」

カルテや他の書類を重ねながら、誰が来たのだろうと不思議に思う。静かにドアが

開く。柔らかい笑顔を浮かべて立っていたのは、黒い髪の女性だった。

「明けましておめでとう。よかったら、コーヒー。」

ドアを開け放しても中へ入らず、廊下から控えめにカップを差し出す。白衣の息を

呑むような白さに黒髪が一層際立つ。ゾロは背筋にゾクッとする何かを感じていた。

「ああ。サンキュー。」

狭く、物ばかりの雑然とした部屋であるため、手を伸ばせばすぐにカップに届く。

風は入らないが暖房器具の無いこの部屋では、コーヒーの温もりはありがたかっ

た。

「あんたも当直だったのか。」

言いながらコーヒーをすすり、予想していなかった苦さに眉を片方吊り上げる。

「ええ。今仕事が一段落したところよ。交代の人が来たら家に戻るけれど・・・。

 あなたは?今日一杯は仕事?」

「・・・そうだな。今から少し仮眠するけど、明日の午前中帰るよ。」

ロビンもカップを持ってドアに寄り掛かり、またデスクの上のパソコンとにらめっこ

しているゾロを見つめた。普段は血色のいいゾロの顔も、今は何だかクマが目立

つような気がする。

またひとくち、コーヒーを飲んだ。

「あんたの次は、ナミだったか。」

「ええ。さっきメールで10時頃着くって言ってたから、もうすぐ来ると思う。」






(・・・もうすぐ?)





目はパソコンに釘付けのまま、眉間の皺を深める。


今は午前5時。10時まではあと5時間ある。









見かけにはおっとりしているように見えるロビンでも、心の中の時計はせかせか

と忙しく動いているのかもしれない。自分としては途方も無く長く感じる「5時間」

が彼女の中では「もうすぐ」、なのだ。

ゾロにはまだ理解の出来ないこと、というだけ。








チラ、とロビンに目をやると、彼女は廊下の向こうを見ていた。眼差しがやけに遠

く感じる。視線に気付いてか、ロビンがこちらを向き直ったので慌てて目線を反ら

した。

「これから仮眠、だったのよね。ごめんなさい。邪魔をしたわ。 ―――コーヒーも・・・。」

「え・・・」


コーヒーも、の意味がいまいちよく解らなくてカップを見つめた。コーヒーの黒い影

が頭に染みていくのを感じ、“眠気覚まし”の効果に気付く。

「いや・・・寝過ごす訳にもいかねェし、丁度いいよ。」

まだ飲みかけのカップをロビンに渡した。

「フフ・・・優しいのね。」

カップを受け取り、ロビンは部屋を出た。














気付いたのは午前8時。


額を押さえながら現状を思い出す。

乱暴に資料の上にひっかけてあった白衣に袖を通し、部屋を出る。





大抵の患者は三箇日の間は外泊許可が出ていたが、それでも帰れない患者は何

人か居た。そろそろ起床の時刻だ。一番に家族に会えない人たちに新年の挨拶を

する為、ゾロは1つずつ病室を回ることにした。

始めは3号室。80近い老人が1人残されている。

「明けましておめでとう。調子はどうだ?」

「お陰で目覚めがいいよ。」

首にぶらさげてあった聴診器を耳にかけ、診察を始めた。老人は大人しくしている。

「一時退院の予定と正月が合わなくて悪かったな。月末には帰れると思うから・・・」

立ち上がりながら申し訳無さそうに声をかけ、病室を出た。

名簿を見ながらすべての病室を回り、挨拶と診察を全て済ませてから、自室で朝食

を摂りつつレポートをまとめる作業に入る。

時間も忘れて没頭していた頃、明るいノックの音が聞こえた。許可と同時にドアを開

けたのはナミだった。時刻は11時半をまわっている。とたんにゾロの眉間に深い皺

が入る。

「遅ェんだよ。10時に来るんじゃなかったのか。」

ナミは特に悪びれた表情も見せず、舌を少し出してから謝る。

「ゴメンゴメン。初日の出見た後食事しながら喋ってたら遅くなっちゃった。」

「・・・またあの金髪バカとか。」

「失礼ね。あんたよりは頭いいわよ。」

同じ大学で同期のゾロとナミは毎日言い合いばかり続けている。通称“金髪バカ”で

あるサンジも同じ大学でサークルを共にした仲だ。

「相変わらず汚い部屋ねー。少しは片付けたら?」

「うるせェ。」

頭を掻きながらノートパソコンを閉じる。

「アナログで卒論書いてたあんたがパソコン使うようになるとはねー」

外で買ってきたらしいミルクティーの缶を手で包み込みながらナミが見下ろす。

「・・・お陰で目が痛ェよ。」

白衣のポケットに両手をつっこみ背もたれを思い切りそらせる。

「早く支度して診察行けよ。」

横目でナミを見ると、ナミは豆鉄砲をくらったような顔で

「あんたにそんなこと言われる日が来るなんて思わなかった!」

と言い残して廊下の向こうへ消えた。



















成長したから、なんてとても言えない。

















育つのは黒い感情。







広がるのは“心の穴”だけ。






































時刻は11時43分。

あの時から“まだ”7時間。













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あやかさんのリクエストの“ゾロ小説”。結局はゾロビンですみません。


自分でも何書いてるんだかわからない。

突然飛び出したものだけど、今回のテーマは「時間」、なのかな。

長くなるけど前後編にするつもりです。

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