“Up to the overlapping day.”

重なる日まで。

















wind
(Latter part)















“医者になる”と決めたのは中学2年生の時。

慕っていた祖父が亡くなった時だった。







高齢で、病気への抵抗力が薄れていたから仕方の無いことだったが、

ゾロは自分の無力さが許せなかった。


“医者になりたい”のではない。

“医者になる”と決めた。


それまで特に勉強しなくてもそれなりの成績は取れていたが、医学部の

ある大学の附属高校へ行くために、トップクラスを狙う必要があった。担

任は突然の目覚めに大層驚いたものだが、ゾロに周りを気にする余裕

などなかった。


「あの日」から全てが呪われたようにスピードを上げていった。

がむしゃらに走って、それでも得られる確かな感触は何処にも無かった。

しかし、医師の免許を取って本格的に病院で働き始めた辺りから、自分

は本当に何かを救えているのだろうかと疑問の渦に巻き込まれて、急に

周りが減速していくのがわかった。まだ経験は浅いし、見習い同然なの

だが、何をして指の間からすり抜けて行くようで無力さが感情の大半を

示す。






1時間が、1分が、1秒が。






手ごたえの無い時間は意味を含まない。ゾロは毎日を、時間が過ぎるの

を待つだけで過ごしていた。今自分に得られるのは何なのだろう。



それに比べて、ロビンは全く逆の意味を持ち、日々を送っていた。自分の

部屋と同じような雑然とした感情とは逆に、彼女の白衣と髪の色のように

はっきりと差のついた、メリハリのある生活をしているロビンが羨ましかっ

た。

何年も先輩で、ゾロより医療の実情を知り尽くしているであろうロビンに

すぐに追いつくことなど出来ない。それでも羨ましかった。少しでも近づき、

追いつきたかった。そうすれば、少しは時間も意味を持つ。

混沌とした気持ちの中に、何故かそれだけは漠然と浮かんでいた。










背中を追う感情を、何と呼べばいいのか、ゾロにはわからなかった。
















もうすぐ仕事が終わる。


終わる、のではなく、休みが来るのだが。休みとは行っても、実際には

ほんの半日ほどで、それだけ休んだらまた出勤である。人の命に休み

などないのだ。

家でもまだやらなければならない仕事が山ほどある。高額な収入の職

業にはそれなりのリスクを背負う。ゾロは書類をまとめてファイルに挟

み、少しずつ帰り支度を進めていた。きっかり真上を指した時計の針

は、昨日と今日とを繋ぎ合わせていた。

ある程度まとめ終えたので、ゾロは部屋を出てロビーへと向かった。

自販機の前に立ち、何を買おうか少し迷う。

一瞬、緑茶に手が伸びたが、その隣にあるブラックコーヒーのボタンを

押した。ゾロは砂糖もミルクも無いコーヒーは苦手だった。それでも手

が伸びたのは、言い訳も出来ないくらいの理由。ロビンに近づく為、の。

ガタッという音と共に紙コップが落ちてきて、静まり返った院内に液体を

注ぐ音が響く。それとは別に、コツコツという靴の音が廊下に響いた。

ナミだ。

「珍しいわね、自販なんて。言ってくれればコーヒーぐらい入れるわよ?」

意地悪そうに笑うナミに、わざと逆方向を向く。

「コーヒーぐらいテメェで淹れられるんだよ。」

「・・・でも、あんた確かコーヒー飲めなかったわよね?何飲んでるのよ。

 お茶?」

女性としてはわりと長身なナミも背伸びをするほどゾロは背が高い。ヒー

ルの低いサンダルから踵を浮かして紙コップを覗き込んだナミはまたも

豪(えら)く驚いた。

「ブラックじゃない。   最近どうしたのよ。急に人がかわったみたい。ど

 っかおかしいなら、ロビンにでも診察してもらったら?」



ゾロは飲み込みかけたコーヒーを喉に引っ掛けて派手に咽(むせ)た。口

から出かけたコーヒーを慌てて袖で拭う。白衣に薄く茶色いシミが滲む。

「・・・っ なんでそいつが出てくんだよ。」

「だってこの病院女医があたしとロビンの2人しかいないじゃない。私はあん

 たみたいなでっかいの診察するのはまっぴらごめんだし、別にほかの男の

 先輩とか年配のオジサンとかに診てもらいたいなら別にそれでもいいけど。

 どうせなら若くて綺麗な女の人の方がいいんじゃない、男は。」

「・・・おれとドコゾの金髪バカを一緒にすんな。」



―――自分の深読みのしすぎに反吐が出る。


ナミが、この名前も分からない感情に気付いているはずがない。それほど自

分はロビンの背中を強く描いていたのだということに気付かされ、自己嫌悪に

陥った。

「別におれは何処もおかしくなんかねェよ。余計なお世話だ。」

残りのコーヒーを無理矢理飲み干す。喉に熱さがジンジンと広がった。ナミは

その様子を、意味有り気な眼差しで暫く見ていたが、「あたし、巡回の途中な

のよね。」と言い残してその場を立ち去った。

ゾロは脱力してソファーに座り込み、そのまま体勢を崩す。コーヒーの所為で

眠ろうにも眠れない。目を閉じるだけで空しさが目の前を真っ暗にした。











非常灯以外の何かが瞼の向こうから光を与えている。少しずつ目を開けたゾ

ロはびっくりして跳ね起きた。

「やべ・・・っ」

もう外は明るく、窓の向こうから弱々しく日の光が差し込んでいた。深く眠るつ

もりなど無かった。自分のしてしまったことに呆れて時計も見れずに俯いて額

を押さえていると、膝に何かがかかっているのを感じた。薄い毛布である。

この存在を認識するのに少しばかり時間がかかったが、自分でかけた覚えの

無い其れに驚いて辺りを見回した。ロビーの向こうに見覚えのある背中が姿

勢よく立っている。ゾロは目を細めた。




間違い無い。いつも自分が追っている背中だった。




声が出なくて暫く後姿を見つめていると、ロビンは視線に気付いた。規則正し

い靴の音を響かせて此方に近づきながら微笑みかけた。

「起こさなくてごめんなさい。あんまりよく眠ってたから・・・。

 それに、寝不足だったでしょう?」

「・・・まあな。悪ィ、コレ。」

「いいえ」と言う代わりにまた微笑む。ゾロは胸につかえていたことを言おうか

どうしようか悩んだが、口に出すことにした。

「それと・・・おれの代わりに巡回とかさせちまったろ。悪い。」

「いいのよ。大して何もしていないし。それに私、今来たばかりだもの。」

ゾロは申し訳なさと共に、疑惑の眼差しを向けた。眉が片方攣り上がる。


ロビンの「今来たばかり」、は充てにならない。


ロビンは自販機でミルクティーを2つ買い、1つをゾロに渡しながら何かを喋っ

ていたがゾロの耳には入っていなかった。

「どうかした?」

「あ・・・、いや・・・」

「私、早めに来ちゃったから早めに交代するわ。疲れてるでしょう。早く帰って

休んだほうがいい。」

「―――今何時だ?」

ロビンは「6時よ」と答えながら毛布を受け取り、畳み直す。

「コレは決まりだ。あと2時間は仕事する義務があんだよ。」

ロビンは少し悲しそうな眼をしていた。

ゾロはハッとした。もしかしたらロビンは、自分の為に2時間も早く職場に赴い

たのではないかと。


心の中で慌てて首を振る。深読みの次は自意識過剰。いつの間に自分はこん

なに思い込みの激しい男になったのだろう。そんなゾロの思いを見透かしたか

のようにロビンは口を開く。

「本当はね、貴方と少し話がしてみたくて早く来たのよ。」

眼を丸くし、自分の耳を疑った。


「あんまり当直が重ならないし、会うこともなかったけれど。いつも見かける度に

 のびのびしてていいなあ、って思ってた。」

まさか

「私は、いつも仕事のことばかりで自分やほかのことを考える余裕なんて無いか

 ら。何も考えてないのと、同じ。」

おれが思っていたこと

「わざと何も考えないようにしてた、とも言えるかもしれない。だから、常に周りに

 気を配れる貴方が羨ましかったのよ。」




環境は正反対だけど、同じように思っていたなんて。




「それはこっちのセリフだ。」

「え?」

「おれもあんたが羨ましかったんだと、思う。」

名前が分からない。形も分からない。言葉で説明するのは難しいけれど。

「毎日を有意義に過ごしてんだろ。自分が満足できるくらい。」

それでも伝わるものがあるから。あるならば。

「おれはあんたみたいな時間が欲しい。と、思ってるよ。」

人は皆無いもの強請りで、自分もそうだと思う。自分に欠けたものを埋め

合わせる為に世の中に人間は溢れているのだ。ゾロも、ロビンも、ナミも。

亡くなった祖父だって何かが足りなくて、それをゾロが持っていたのかもし

れない。人から与えられることの方が多いことにも気付いていた。与えら

れても満たされないことも。自分が相手に何かを与えられているのかも

分からない。














「風、みたいなものなのね。」

身体で受け止めても心の中をすり抜けて、過ぎ去る。

癒しを与えられても、自分は何一つ出来ない。時々吹く暴風もまた、何かを生む。

ものを壊すことさえ、ある。











「ああ。」




“風”は


時間であり、人の心であり、自分を何処かへ運んで行く。


眼に見えないから、記憶に残らない。意味も無いのかもしれない。一見人を不安

にさせる。

















それでも。

























「風は人を、何処かへ運ぶものだろ。」





































君と話した何分間かは、


























ちゃんと意味があったよ。




























「・・・そうね。」





























だから君も

































おれとの時間をゆっくり感じて。

































大切に、してくれ。












FIN.





長々しくてすみませんでした。無理矢理前後で収めた感じですが;;

ていうか前回つっこむのを忘れてたんですが医学部で卒論アナ

ログってありえるのかな。
もうすべてが偽物なので構わないよう

にしてやってください・・・。(沈)

興味のある方は「あとがき」をデザートに。




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